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3.頂点に
オフシーズンが明け、4歳になってもメイセイオペラの勢いは
とどまる所を知らなかった。その年の緒戦のスプリングCで、
前年の東北チャンピオンで地元岩手では8戦8勝と無敗のアプ
ローズフラワーや芝1000メートルで57秒8という驚異的
なタイムを出したカツヤマリューホー、中央のラベンダー賞で
3着と好走したファイヤーマリオという岩手4歳トップクラス
のメンバーが相手であったため、人気はそれほど無かったものの、
そのレースを完勝。事実上岩手4歳のトップに躍り出ると、
立て続けにサラ4歳A級戦、ダイヤモンドCと3連勝して勢い
をつけたメイセイオペラ陣営は、初の交流戦の東北ダービーに
臨むこととなった。
初めてのコース、初めて対戦する他地区の馬相手との交流
レース、東北ダービーでメイセイオペラは、1分52秒4
というあのトウケイニセイも遠く及ばない驚異的なタイム
で圧勝。その次走、岩手の4歳の頂点を争うレースの不来方
賞でも、他馬を寄せ付けず、これまた圧勝。
この後、この余勢を買って“岩手の天皇賞”に位置されている
みちのく大賞典に出走するプランがあったのだが、鞍上の
菅原勲騎手の都合で立ち消えになった。その代わりとして、
(みちのく大賞典の)前日に行われたサラA級2組に出走、
初の古馬相手とのレースも直線軽く追っただけで楽勝した。
“岩手にメイセイオペラあり”を完全にアピールしたメイセイ
オペラ陣営は、次走に(当時の)4歳全国交流重賞の第一冠目、
ユニコーンステークス(GV)を選んだ。
前途は洋々であった。 |